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2016/09/05

臍ヘルニア

急にお腹が痛くなった、先日十二指腸に良性だが腫瘍が

あると言われていたので、何か異常があったのかと思い

自宅近くの総合病院へ夜間救急で行った。

痛み止めだけもらって、翌日掛かりつけの大きな病院へ

行こうと思い、その旨を伝えたが、たまたまいた外科医が

臍を力強く、ぐ~っと押した、

何と我慢できない程の腹痛が、ケロっと治ってしまった。

w( ̄o ̄)w オオー

何でも、臍ヘルニアと言って、小腸が臍の窪みに挟まって


しまう病気らしい、腹水がたまっていると良くなる様だ、


ヽ( ̄Д ̄ヽ)(/ ̄Д ̄)/イヤァ

そう言えば最近お腹が・・・・・・・・・・

ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン!!




2016/05/10

インフルエンザ?それとも??

突然39度を超える発熱、市販の解熱剤が効かない

又、インフルエンザかな?、でも予防接種は受けてるし、

と思いT病院へ・・・・・・・・・・・

感染症でした、ここ4年で二回目です、いくら免疫力が

落ちているとは言え、おかしい!!!

どこか感染経路があるはず、苦悩中。

2015/04/14

白血球が・・・・・!!

2月の始め、退院して間もない時、喉が痛くて熱がでました。

(ノc_,・;)ハア・・・

近所の総合病院で検査をしてもらったら、インフルエンザは陰性でしたが、

白血球の数が極端に少なく、好中球減少症と診断され、再びT病院へ。

なんじゃ、こりゃ!!!

ε=(♉ฺ。♉ฺ)  ハァ…。



2015/02/23

食道静脈瘤

退院後の検査で、画像を見せてもらったが、従来見た様な凸凹は

殆ど無く、とても綺麗な食道になっていました。

O(≧∇≦)O イエイ!!

後は、定期的に検査をすれば良い様です。

しかし、門脈の圧力は今後どこへ逃げるのだろうか・・・・・?

(ー`´ー)うーん


2015/02/14

突然!・・・・、でもないか №9

だらだらと書いてしまいましたが、結局3回の治療を

行い、4回目は最終の確認検査のみで終わりました。

今回の場合の様な内臓出血のサインは黒色便の様です。

約一か月近く黒い便が出ていたのですが、胆汁の出が

悪いのだろう、くらいにしか思わず、内臓出血まで

思いを巡らす事が出来なかったわけです。


肝臓の悪い方は要注意ですね!!


2015/02/10

突然!・・・・、でもないか №8 地獄

治療が終わると

一日目の食事
    重湯、何も具のない味噌汁
    昔懐かしい香りがして美味しくは無いが我慢の範囲
二日目の食事
    ペイスト食 お米、おかずの全てがペイスト状になっている
    これは無理、人間の食べ物では無い、猫でも食わない
三日目の食事
    おかゆ食 お米はおかゆ、おかずはペイスト食に近い
    これも無理、特におかずはペイスト食とあまり変わらない
四日目の食事
    軟飯 お米は柔らか目、おかずは普通
    まあ、所詮病院食だが、我慢の範囲

え~~、これを3~4回繰り返さないといけないの??

病院から逃げ出そうかな~・・・・・ ヾ(・д・。)バイバイ

突然!・・・・、でもないか №7

一回目の治療を行った。

正直言って、麻酔をしたにも拘わらず、かなり痛いし時間もかかった。

これを3~4回もやるのかと思うと、気が遠くなる。

終わると先生が来て、完璧です、完璧にうまく行きました、

と言っていましたが、でも3~4回はやる様です。

とほほ・・・・・・  ε- (-●_-`o) ハフ-ン…

でも本当の地獄がここから始まるのです (´ ▽`).。o♪♪ ボケ~





2015/01/20

突然!・・・・、でもないか №6

T病院に転院すると、すぐに内視鏡の検査が行われた。

検査が始まるとすぐに悪いところが判明したらしい、さすがに

食道静脈瘤の治療が得意な病院らしい、(✿ฺ-ω-)ゥンゥン

治療法について説明があった、食道静脈瘤硬化療法と言う

らしい、3回から4回に分けて治療する様だ、1回が1週間

かかるので根治するまで1ヶ月程かかるらしい。

ちなみに個室は1万/日という事なので年金生活者には

かなり厳しい・・・・・・・

(ノc_,・;)ハア・・・

2014/12/19

突然!・・・・、でもないか №5

T病院に転院、当初は点滴をしながらストレッチャーでの移動を

予定していたので、介護車を頼んでおいたが、結果として

出血が止まっていた為、形だけストレッチャーで移動

(#`ε´#ゞ 照れるぜっ!

病室へ案内されたが、個室・・・・・

高そう・・・・・・

さてこれから、どんな治療をして、何日入院するのやら・・・・・

(>人<*)ォ願ぃ…!!!

2014/12/02

突然!・・・・、でもないか №4

G病院では早速内視鏡検査。

どうやら食道静脈瘤からの出血らしい、破裂したのであれば

吐血するはずだが・・・・・・

G病院では癌専門の病院なので、食道静脈瘤の治療は

やっていない。

主治医が信頼して治療の出来る転院先を探してくれたが

受け入れが5日程先になる。

その間、出血がひどくならない様に、又、破裂しない様に

輸血しながら、何も食べず、何も飲まず・・・・・・



2014/11/29

突然!・・・・、でもないか №3

輸血しないと死んじゃいますよ・・・・・・・、

医師がが部屋中に大きな声で言った。

少し遅れてきた息子が、あわてて同意書にサインした。

どうやら内臓出血しているらしい。

少しして、救急病院の医師が、おっさんのかかりつけのG病院と

連絡を取った、過去のいきさつもあるのでG病院が引き取って

くれる事になった。

輸血をしながら、まだいた救急車に乗って、救急転院となった。

Oo。。( ̄¬ ̄*)ぽあぁん


2014/11/27

突然!・・・・、でもないか №2

救急車のサイレンが聞こえたところで、

かろうじて残った意識で1階の玄関まで下り、ドアを開けて

近くの救急病院へ・・・・・・・

救急車の中で肝臓がんである事、食道静脈瘤がある事

等を告げ、子供にも連絡を取ってもらい、


救急病院に着くと・・・・・

(_ _lll)ァハハ・・・


2014/11/24

突然!・・・・、でもないか

水曜日に、相棒を観ていたら、

宅配便がピンポン~・・・・・・・・・・・

あわてて1階に下り、受け取ると、着払いあり、あわてて2階に戻り

お金を持って下りると、100円足りない、又2階に上がり100円

を持って1階へ。


終わって2階へ戻ると、激しいめまい、動悸、息切れ・・・・・・・

白い壁が紫色に見える・・・・・・・

意識は薄れる・・・・・・・・

薄れゆく意識の中で、119番・・・・・・・

さてさて、何が・・・・・・

工工エエエエェェェェェヽ(゚Д゚;)ノ゙ェェェェエエエエ工工


2013/09/17

2013月9月

昨年の12月にCT検査で怪しいと言われ、今年の4月にMRI検査で癌所見

なしと言われ、8月のCT検査で、9月に入院と言われ・・・・・・・・・

何じゃこりゃ  (●´・△・`)はぁ~

今回はTAIとかいう治療でした、何でも癌と共生するのだそうだ。

今回も尿カテーテルをどうするか迷ったのですが・・・・・・・・

結局やることに  ウェ~  ̄Д ̄ =3 ハァ

今回はとても若くて綺麗なナースで・・・・・、恥ずかしい~ 

                 (* ̄ ̄ ̄ ̄∀ ̄ ̄ ̄ ̄*)ノょろしく


手術後、絶対安静が12時間のはずが、今回から4時間に短縮された。

何でも動脈に入れるカテーテルが細くなったとか・・・・・

技術は進歩するものだ  (●´∀`)b OK!!!


まぁ~ とにかく今回も生きていたよ!! (ノ´∀`)ノぉめでとぉ☆




2013/04/01

定年退職

2012年5月に定年退職になりました。

2~3年程度であれば再雇用で残れたのですが、健康の事もあるので

やめる事にしました。

8月に蜂巣炎と言う訳の判らない病気になり、3週間ほど入院しました。

その後、膿を出す為に切った痕が2ヶ月ほど治らず、ジムへも通えず、

太ってしまいました・・・・・・・   デブ~  ⊂( TT __ TT )⊃ウルウル

根治したので、友人と快気祝いをやり、ボーリングをやったら・・・・・・・・

今度は膝関節症になってしまいました・・・・・・・   とほ~ (--,)ぐすん





2011/11/02

2011年8月

3年ぶりにTAEで入院した。

いつもは尿道にカテーテルを入れて、尿を出すのだが、カテーテルを入れる


時の違和感がいやなので、今回初めてカテーテルを入れずに尿瓶でやって

見たが、これが・・・・・・

水分を取らなければそんなに尿瓶の世話になる事は無いとのあさ知恵

だった、ちょっと考えれば判るのに・・・・・・

点滴ですよ点滴、治療中から点滴をするのですぐに尿意が・・・・・

治療途中で早速尿瓶のお世話になった、しかも寝たままするのは違和感が

あり中々でない。

夜も、一時間おきに尿瓶のお世話に・・・・、その度にナースコール

一睡も出来ませんでした。

2009/03/27

現在の状況



過去を思い出しながら、闘病日記を書くのも辛くなってきたので

いきなりですが、現在にワープして見ました、過去の続きはボチボチ

思い出しながら書く事にします。

二年前にCT検査した時に尿道結石が見つかって以来、ビールを中心に

飲酒を再開してしまい、結果として意志の弱さもあり、二三度/週の飲酒

習慣が出来てしまっていた、これが悪かったのか、2008年12末に血管

造影検査及びTAE治療で入院する破目になった。

結局、小さいながらも5箇所にTAE治療を行った。

治療中に急に先生方が集まって何やらもめている様子があった、しばらく

して主治医が治療台で横になっている私の耳元に来て・・・・・・

胆嚢の近くに腫瘍があり、治療する為には胆嚢に管を刺して、胆汁を外へ

出す必要がある・・・・とかで、このまま治療を継続するかどうか判断を

求めてきた、正月休みもタップリあるので、継続して下さいとお願いした。

麻酔もしないまま胆嚢に管を刺したのだが、この痛いことったら・・・・・

体が起き上がりそうになるのだが、看護師さんに押さえ付けられて・・・・・


結局、この管が抜けるまで2週間もかかってしまった。

この2週間、お腹から管を出して、袋をぶら下げ・・・・、情けない・・・・

この間便秘した・・・・・、胆汁が無いと便秘する・・・・・

こんな思いをするのはもう嫌だ~~、又禁酒だ~



2008/03/03

治験判定その2

しばらくすると主治医が、もう一人の医師らしい女性と一緒に病室に
入ってきた、女医らしき人がくれた名刺を見ると、治験コーディネータ
という肩書きがついていた(ここでは、しばらくは女医と呼ぶことにする)。

この女医さんが、治験の仕組みの説明、参加への条件、副作用の
可能性等々について説明し、同意書を渡してくれた。

どうやら、予定されていた患者さんに一人欠員が出来たらしく、
二泊三日の検査入院の結果で、問題が無ければ治験を受けられる
らしい。

ちなみに条件は
 ・二泊三日の検査入院をし決められた検査を受ける事(三回)。
 ・朝晩決められた量の薬を飲み、手帳にその旨を書く事。
 ・一回/月通院し決められた検査を行う事。
 ・治験期間は48週間である事。
 ・副作用として骨粗鬆症の可能性が高まる事。
 ・治験の期間中、子供を作らない事。
  何でもウサギの実験ではごくわずかに奇形の確立が高まったそうだ、
  もうそんな気も無いし、チャンスも無いし、チャンスがあっても、
  役に立たないし ポカッ (._+ )☆\(-.-メ) ォィォィ。

こんな条件ならば、仕事をしながらでも充分に治験を受ける事が可能だ
と判断し、その場で同意書にサインと押印をしようと思ったが、一応
家族の了解をと思い、退院時に持って帰った。

そうそう、余禄もあった。
 ・治験期間中の検査費用は無料。
 ・病院に一回行くたびに幾らかのお金がもらえる(交通費補助的な
  意味合いらしい)。
 ・この女医さん決して美人では無かったが、話好きで愛嬌が良く
  おっさんの好みのタイプであった(もっとも既婚者だが)。


  

2008/01/20

治験判定その1

明けましておめでとうございます。
しばらくブログをさぼっていて申し訳ありません、
別に病状が悪化した訳ではありません、これからも頑張ります。
年明けの最初が闘病日記では暗いかな?と思いましたが、
メインテーマなのでご容赦を!!

以下 本文です。

睡眠誘導剤の効力もすぐに切れてしまい、腰の痛みで眠れないまま朝を
迎えた、止血用のベルトがはずされ、自由に動けるようになり、そして、
いよいよ尿管に入れてあるあの忌まわしいカテーテルを抜く時が来た。

やはり、あのベテランの綺麗な看護師さんが来て、作業に入った、
案の定、ゆっくりと抜き始め、
   「痛くありませんよ~、もう少しですからね~」と
言いながら、抜いて行くのだが、これがとても違和感がありたまらない
のだ、以前の男性医師の様に一気に抜いてくれた方が、痛みが一瞬で
終わる。

作業が終わると、後で先生が昨日の結果を話に来ます、と言って病室を
出て行った、と同時にベッドから起きて、腰を伸ばした。

以前にも書いたかも知れないが、学生時代に椎間板ヘルニアをやってお
り、日常生活には全く困らないが、長い間同じ姿勢でいると腰がたまら
なく痛くなる、膝も悪いので満身創痍だ!!

しばらくして、医師が説明に来た。

1.再発は無い。
2.前回治療した箇所は完璧に治っている。
3.何らかの肝臓障害のある状況だが癌と呼べるものは無い。
4.肝臓障害の原因については不明。

説明が終わったところで、思い切ってこちらから切り出した。

1.非環式レチノイドの情報を知った事
2.この病院でのみ治験を行っていると知った事
3.化学治療で根治した患者が対象である事
4.主治医の同意が必要な事

等々、知り得た情報を話し、もし現在治験を行っているのならば参加を
したい旨を話した、医師は少し驚いた表情をしたが、少し待って下さい
と言って病室を出ていった。

…o(;-_-;)oドキドキ♪

2007/11/13

再発か?その4

そう、あの一回目の検査の後に、額に汗を流しながら止血をしてくれた
新米君だった、その顔を見たとたんに、クレームを言う気にもならなく
なった。

(そうか、おまえか・・・、検査をやらせてもらえる様になったのか、
良かったね、沢山経験して、多くの患者さんの命を助けるんだよ・・・)
と心の中で思った。

医師は単に技量だけ高ければ良いわけでは無い、患者との信頼関係を
如何に築けるかが重要なのだろう、患者の立場でそれを強く感じた。

そんな事を考えている間に検査はどんどん進行していった。
前回と異なり、分業の状況も曖昧だし、立会いの第三者もいない・・・・、
前回は何だったんだろうか?、キャンペーン期間中だったのかな?などと
思った。

そうこうしている間に、検査は終了し、検査室の横にある別室に運ばれた。

この段階では検査の結果も、抗がん剤が投与されたかも判らない。

カテーテルが抜かれ、止血作業に入った、またあの新米君が担当だった、
新米だから全部やらされているのだろう、しばらくすると別の医師が
来て、「異常はありませんでした」と告げられた、あらかじめ予想は
していたが、とにかくホッとした。

病室へ戻ると、ベッドに移され、しばらくすると看護師が来て、止血の
状況をチェックしていった、前回は3人の医師が来て、覗き込むように
チェックしていったのに、今回は・・・・・、やはり前回はキャンペーン中
だったんだ、と自分を納得させた。

砂袋を足の付け根に置いたまま、12時間絶対安静の状況になる、今回は
意地を張らずに点滴の中に睡眠誘導剤をいれてもらった。

再発で無かったのならば、治験の条件に当てはまるはずだ、明日の朝、
主治医に申し出てみよう・・・、と思いながら、す~っと眠りに入った。

今回の検査入院の目的の一つは非環式レチノイドの治験の対象者になる
事だった、再発で無かった事で、その可能性は残された。